ある日の北一日記より

夜明け前の通り雨、
庭の草樹は朝陽のかけらを身にまとい、 涼やかな風が吹くたび、無数のきらめきが舞い落ちます。
空の絵具はコバルトに白を少し混ぜて薄く何度も重ねて 天頂に向けて透明にひろがっています。
地面に動かない蝉が一匹。
その羽根にも小さく雨露が光を宿しています。
蝉の命は、雨に流れて大地にしみ込み、 土の中の幼虫に命を分け、種となって地上に芽を出し、 細い根から吸い揚げられて花となって虫たちを呼び寄せるのでしょう。
大きな輪廻の向こうに遠く天王山は深い陰影を織りなし、 東空に向かって堂々と横たわっています。

七夕の頃になると、決まって思い出すことがあります。
名前は確か「はるちゃん」と言ったように記憶しています。
僕より2歳ほど年上で丸刈りのやせた男の子でした。
はるちゃんと僕は、いつも近所の広場で、あたりが暗くなるまで夢中で遊んで いました。
はるちゃんの顔も見えなくなったころになると、いつも、はるちゃ んのおかあさんが、「ハルジ ご飯やで」と、はるちゃんを呼びにきました。
はるちゃんは、うれしそうにおかあさんの後をついて家に帰っていきました。
はるちゃんのおばあちゃんは、毎日毎日、近くの国道にいっては、一日中、 道端に腰掛けてぼんやり車の行き来を見ていました。
近所の子らは、七夕の頃になると,近所の駄菓子屋さんで五色の短冊やセルロ イドの提灯などの七夕飾りをいくつも買ってきては、競うようにして笹に付けて、 門口の軒下に飾ったものでした。
昼下がり、町内のいくつもの七夕飾りの笹は、光をまぶしたような風に金銀の 飾りをキラキラと乱反射させていました。
でも、はるちゃんの家には今年も七夕の笹はありませんでした。
七夕の夜、子らは、それぞれの七夕飾りの笹を手に淀川まで行って、橋の上から 笹を川に流します。
僕の七夕飾りも、橋から暗い水面にゆっくり吸い込まれ、流れにのってみるみる うちに川面と夜の間に解けて見えなくなります。
それでも僕はずっと流れの先を見ていました。
それからしばらくして、七夕の笹を淀川に流すことが禁じられ、七夕を過ぎた笹は ゴミ箱に捨てられるようになりました。
もう、近所の子らも七夕飾りを競うこともなく、町内に七夕飾りを見ることも なくなりました。
いつのころからか、僕は、はるちゃんと遊ばなくなっていました。
はるちゃんのおばあちゃんは、毎日国道脇に座っていましたが、その姿も見か けなくなり、はるちゃんもはるちゃんのおかあさんも見かけなくなりました。
そして、知らないうちに、はるちゃんが住んでいた家は取り壊されていました。
そこまで鮮明に憶えているはずがないのに、はるちゃんのおかあさんが、はる ちゃんを呼びにきた時、はるちゃんは、確かに、うれしそうに返事をしたように思うのです。

日曜日の夕方 実家の父は、縁側で椅子に深くこしかけ、庭先をながめています。
わたしは横にならんで、ふと、父の手に目をやります。
わたしとそっくりの手がそこにあります。
否、わたしの手が年齢を重ねて、父の手に似てきたことに気づきます。
父は、わたしが実家を訪れると、いまだに、まず手を洗ってうがいをしろと言います。
わたしは、子供になって、ハイハイと手を洗ってうがいをしてから、父の前に行きま す。
父から昔の仕事の苦労話を聞くことが少なくなりました。 話が途切れて、ぼんやり空を見あげると、 梅雨のあいまを惜しむように、薄い雲がほんのり紅色をにじませて、西陽に追われて、 過ぎていきます。
父の横顔もわたしと同じ空を見ています。
わたしは父の手に触れたくなりました。

どういう理由からだったのだろう。
実家の六畳間いっぱいに鯉のぼりの真鯉と緋鯉が並べられていました。
たぶん、幼い私が、2軒先の庭先に上がっている大きな鯉のぼりを見て、僕の家でも 鯉のぼりを上げてほしいとだだをこねたのでしょう。
幼い私は、畳に横たわる鯉のぼりのお腹の中がどうなっているかが知りたくて、真鯉 の口から中に潜り込み、お腹の中をからだをくねらせて這うように進みました。
そして、出られなくなったらどうしようと思った瞬間、しっぽの先から頭が出ました。
なんだ、鯉のぼりのお腹の中は通り抜けになってるんだ。
あたりまえのことを、幼い私はそのときはじめて知りました。
2軒先のおうちは、それからも毎年、4月頃になると、高い竿を立て、真鯉緋鯉や吹 き流しが優雅に風をはらんで旗めいていました。
私の実家に庭はありませんしさほど裕福でなかったためか、幼い私をお尻から捻り出 した鯉のぼりは、実家の押入の奥に仕舞い込まれたまま、一度も空を見ることはあり ませんでした。
実家から、私の息子のためにと、小ぶりの鯉のぼりがとどきました。
マンションのベランダから斜めに突き出された竿の下で鯉たちはまるで釣られた魚の ようです。
それでも、小さな鯉たちは、ときよりふく風に、少しでもたくさんの風をはらもうと 懸命に身をゆすります。
それは息子たちのすがたそのものです。
私たちの愛情、実家の父母の愛情、世間の愛情をお腹いっぱいに入れようと、風に向 かって懸命に大きく口を開いているのです。

月曜日の朝 小学校に続くながいだらだら坂を、小学校に入ったばかりのおとこのこ が上っていきます。
サイズの合わない帽子を目深にかぶって、大きすぎるランドセルに躰を 少し前に屈めながら、顔はしっかりと前にむけて歩いていきます。
風がときおり道脇の降り積もった花びらを舞い上げ、 あたりに沈丁花の薫りがほのかにただよっています。
私がまだ人生の行き道を想いあぐねていた頃 実家の玄関脇の沈丁花の薫りは、ずいぶんと離れた通りまでただよって いて、うつむきながら帰宅した私を優しげに出迎えてくれました。
そのたび、何か大きなものが私を包み、励ましてくれているように思い ました。
あれからずいぶんの季節を経たけれど 私は、あのころに想ったところをめざしているのだろうか。
私がのぼる坂道を、足踏みすることなく歩み続けているだろうか。
私も、小学生のおとこのこの背中を見ながら、だらだら坂を上りはじめ ました。





