ある日の北一日記より

大阪 梅田のJRコンコースに巨大な砂時計が置かれています。
小さな砂時計の形をそのままに1時間ごとにガラス容器の上下が逆さまになる仕掛け です。
おとなが両腕で抱えるくらいの大きさのガラス容器に入れられた砂は、下に向けてすぼまった容器のくびれに吸い込まれ、 下のガラス容器に向かってさらさらさらさらと流れ出て 時間の粒となって降り積もっていきます。
飽くことなく砂の細く静かな流れを見つめていると、眼に見えない時間の奔流に私の 躰が包まれ、遠くの彼方にゆるやかに運ばれていくようです。
ビルを出ると、街並みを行く人達のコートを舞上げて春一番が吹き抜けていきました。

粉雪は小降りになったものの、川沿いの土手に降りしきっています。
薄灰色に覆われたモノクロの風景の中 道端にふと目をやると菜の花が一輪、 黄色の身を震わせて咲いていました。
振り返えれば、天王山の頂きに雪雲がかかり、次々に流れ、吹きちぎられていきます。
すると、気流の加減か、あっという間に雲が切れ、舞台のベールが上がり、まぶしく 陽光が差し込んで辺りの景色が色彩を輝かします。
私は、雪をかぶった菜の花に、そおっと触れてみます。
待ちこがれている春は、まだ、さきにあるようです。

夜の住宅街は、吹き抜ける寒風が枯葉を舞あげ、乾いた音を遠くに運んでいきます。
どこかの玄関先に飾られたリスマスツリーは、つつましく電飾を瞬かせて、眠りにつ いた子供を慈しんでいます。
私が小学校の頃、近所に小学2年生くらいの女の子が、お父さんと二人で暮らしてい ました。
小学校の私には、お母さんがなぜその子と一緒にいられないのか不思議に思っていま した。
小学校の帰り道、私は、その子のお母さんらしき人に呼び止められて、女の子がもう 下校したのか尋ねられたことがあります。
小柄でやせた女の人でした。
あるとき、その女の人が、校舎の入口のくつ箱が並んだ所で、隠れるようにして女の 子のくつ箱をのぞき込んでいました。
女の子は、いつも親指のところに穴のあいた赤いズック靴をはいていました。
くつ箱に収められた穴のあいた小さな赤い靴。
その後、女の子と父親はどこかに引っ越していきました。
『赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて行っちゃった。
横浜の 波止場から 船に乗って 異人さんに つれられて行っちゃった。』
あれから、年を経て、あの女の子も今ではお母さんになっているのでしょうか。
今宵、どこか玄関にクリスマスツリーを飾る家で、こんどは娘といっしょに暮らして いるのでしょうか。
どうか、人がみなしあわせでありますように。

幼い頃、毎年、秋になるとお月見をしていました。
その日になると、母は月見団子をたくさん作って、子供らはススキを採りに行きます。
できあがった団子は三宝の上に乗せて、月の入る縁側近くにお供えして、その横にス スキを飾ります。
電灯を消して硝子戸を開け放つと、眩しいくらいの大満月。 隣の屋根瓦が白磁の粉をかけたように鈍色に照らされています。
幼い私は、ひとり、縁側で膝を抱え、首がくたびれるまでお月様をみていました。
振り返ると部屋の中程まで白銀の光が入り込み、自分の陰が畳の上に黒々と延びてい たのを思い出します。
そして、記憶はここで途切れます。
母は、縁側に座る私の姿を見ていたのだろうか。
若かった父は、私にどんな言葉で話しかけてくれたのだろうか。
今夜、中天には欠けた月がかかっています。
父母の声が聞きたくなりました。

斜陽が壁に長いシルエットを映し、 オレンジの逆光のなか、帰りを急ぐ人が過ぎていきます。
夕暮れと夜のはざま。
東の空は、藍色からみるみる薄墨の色を濃くしていきます。
近所の子らは、暗くなるのを待ちかねたように通りで花火を始めました。
男の子が勢いよく突き出した花火の先から、光の粒子が降り注ぎまず。
少し離れた軒下で、女の子がかがみ込んで線香花火を見つめています。
煙にくもった手元で、小さな火玉は、ちりちり爆ぜ、ぽとりと落ちて、消えました。
行く夏。
天空は静かに季節の舞台を廻しているのです。







